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結局のところ派遣って?

これらは、実際にわたしがよく耳にする、派遣にまつわる疑問の声です。 彼の来日が、日本の人材派遣業のスタートとなりました。日本に、人材派遣法が施行されるのは、19年後のことになります。日本では、そのずっと昔である、江戸時代にも、商家への奉公などで、派遣がおこなわれていましたが、今の派遣とは、全く違う形式で、法律の明確な規定がなかったため、あいまいな方法が多く、あまり浸透していきませんでした。

日本初の派遣会社である、マンパワー・ジャパンでは、最初から、人材派遣会社として、事業を始めたわけではなく、日本では、当時、民間の企業が、他の企業に、人材を派遣する、ということを禁じた法律があり、人材派遣事業という言葉で、ビジネスができなかったため、人材派遣法が施行されるまでの間は、どの人材派遣会社も、事務処理請負サービス事業というネーミングで、事業をすすめることになりました。今とは違って、昭和40年代は、会社が、一つの家族のような存在で、終身雇用制が浸透していて、社内結婚も多く、就職してから、定年まで、会社をかわらない人もたくさんいて、会社というものに対する、イメージや、つきあい方が、今とは比べられないほど、濃密だったと思われます。昭和42年の日本は、高度経済成長に、乗り始めた時期で、人材の需要も旺盛で、社会全体が活気に満ちあふれた時代でした。

国の経済が良好なため、人びとの暮らしも、豊かになり、カラーテレビや、クーラー、自家用車を所有する家庭も、増えていました。資本の自由化によって、外資系の企業が、続々と日本に進出したことによって、そこへ派遣というシステムを導入できる、と考えた、人材派遣会社の、マンパワー・ジャパンの社長は、外資系の企業を手がかりに、日本の企業へ、派遣の事業を拡大していこう、と考えました。外資系の企業を先に考えたのは、欧米の会社では、当時から、派遣社員が、企業で働いていることが、普通になっていましたので、とっかかりとしては、派遣というシステムが浸透していない、日本の企業より、派遣ということを知っている、外資系企業の日本法人から、スタートした方が、事業が始めやすい、と考えたからでした。

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